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恩讐を超え、敵対人物に会う勇気 「角栄流」上司の心得・・・これは上司と部下だけでなく、広くどのような人間関係にも通じる心得だ!
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    恩讐を超え、敵対人物に会う勇気 「角栄流」上司の心得 4/12(金) 16:56配信 夕刊フジ 恩讐を超え、敵対人物に会う勇気 「角栄流」上司の心得 田中角栄は、大出を買っていた  【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】究極の人心収攬術  田中角栄は昭和32(1957)年、第1次岸信介改造内閣で、郵政大臣として初入閣を果たした。当時39歳。明治期以来、「憲政の神様」こと尾崎咢堂(行雄)は40歳の若さで入閣した。田中も大いに“気概”を示したのだった。  就任後の年末年始のラジオ、テレビへの出演回数は実に12回、タレント並みの忙しさで“庶民性”を売りまくった。  また、折から86社153局が乱立して争っていた民間放送テレビ免許の申請を、一挙にNHKを含めて39社43局に絞り込む裏ワザを披露した。新聞社系の放送免許を優先したことで、メディアに自らのクサビを打ち込むという、辣腕(らつわん)ぶりも見せたのだった。  そうした一方で、「全逓」(=旧郵政省職員らの労働組合)の春闘に絡み、幹部7人の解雇を含め、減給、戒告、訓告約2万2000人という、異例の大量処分を行った。クビを切った幹部の一人に当時、「全逓」書記長で、後に社会党代議士となる大出俊(おおいで・しゅん)がいた。  大出は頭脳明晰(めいせき)、駆け引きも巧み、性格もさっぱりしていたことなどから、郵政省幹部からも人物として好感を持たれていたのだった。  田中もまた、この大出を買っていた。クビは切ったが、その後、「ワシの会社へ来ないか。嫌なら秘書でどうか。とにかく、君が欲しいのだ」と執拗(しつよう)に誘いをかけたのだった。これだと目を付けた人物を取り込んでいくのも、田中の組織戦術の1つだった。  しかし、大出は感謝しつつも、筋を通してこれを断り続け、やがて代議士として国会で田中と向き合う道を選んだ。このあたりは知る人が多いが、さらに後日談として続く。その後、大出は最愛の夫人を亡くすことになる。関係者によると、その通夜の席、あの田中がひょっこり現れたというのである。  田中と大出の個人的関係は途切れている。大出はもとより、夫人が亡くなったことも知らせていない。だが、どこで耳にしたか現れた。それも、葬儀に行くと目立って迷惑だろうと、あえて通夜に足を運んだということだった。  大出は、田中の突然の弔問にびっくりしたが、田中が去った後、こう嘆息したというのである。  「角さんの発想は、飛び抜けているな。すごい人だ。これ以上、魅力的な人物はそうはいない」  人の不幸を、常に自分の痛みとした田中。敵対した人物とも、サラリ恩讐を超えて、自ら手を擦りにもいく。この勇気あってこそ、人脈という重い扉は、初めて開くことになるようである。=敬称略(政治評論家・小林吉弥) . 【関連記事】 韓国の“泣きどころ”突く安倍政権の「無視」政策 韓国系団体、永田町で暗躍!? 与野党関係者に接触し「工作活動」か 山本一太氏はなぜ知事選出馬の道を選んだのか 地元群馬も混乱 辻元氏「桜田氏辞めろ」発言に「お前が言うな」の声 何も言わずに親指ポーズ 鳩山元首相が「生んだ」デニー沖縄知事の不安 最終更新:4/12(金) 16:56 夕刊フジ
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