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81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情・・・その様子はようく分かります!踏み間違いによる事故の70%は70歳以上だとか聞きますからね!
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    81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情 4/27(土) 13:00配信 写真:現代ビジネス  2019年4月19日に起きてしまった池袋の暴走事故は、ドライバーにとって、そして運転を続ける高齢ドライバーの家族にとってのみならず、誰にとっても他人事ではない悪夢のような出来事だった。暴走した車は多くの人を次々と轢き、幼い子供とその母親の命を奪ってしまったのだ。  なぜ運転が危うい高齢者であっても運転ができる環境が続くのだろうか。自ら認知症の父に運転をやめさせるために1年間過酷な経験をしたライターの田中亜紀子さんがその要因を明らかにする。 今、私たちがしなければならないこと  被害者の夫が告別式を終えた4月24日に開いた会見(会見全文はこちらの朝日新聞の記事で読める)は、言葉を絞り出すような、心からの言葉だった。多くの人が言葉も出なかったことだろう。ご遺族には、心からお悔やみを申し上げる。  今、私たちがその思いに寄り添い、少しでも応えるためにできること、必ず考えなければならないのは、会見で最後に言われたこの部分についてのことではないか。  それぞれのご家庭で事情があることは重々承知しておりますが、少しでも運転に不安がある人は車を運転しないという選択肢を考えて欲しい。また、周囲の方々も本人に働きかけて欲しい。家族の中に運転に不安のある方がいるならば、いま一度家族内で考えて欲しい。それが世の中に広がれば、交通事故による犠牲者を減らせるかもしれない。そうすれば、妻と娘も少しは浮かばれるのではないかと思います。  今回の事故をきっかけに、さまざまな議論がなされ、少しでも交通事故による犠牲者のいなくなる未来になって欲しいです。  高齢者や飲酒による交通事故が起こるたび、社会的な論争になるが、残念ながら事件は繰り返されている。私は、2017年、父が81歳から82歳になる時期に、1年がかりで運転をやめさせるために手をつくす途上、さまざまな障害や問題に出会い、その難しさを実体験した。その詳細は昨年、こちらの記事にて詳しくのべているが、そこで感じたのは、本人がやめる気がない場合、「高齢者で運転があやしくなったから」「認知症だから」と運転をやめさせることの予想以上の難しさだった。 次ページは:免許更新までの期間は3年間 81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情 4/27(土) 13:00配信 免許更新までの期間は3年間  まず17年3月、改正された道路交通法のおさらいをしよう。この時から75歳以上のドライバーは免許更新時に認知機能の検査が加わり、事故をおこした時にも同様の検査を行うことが決まった。前進したとはいえるが、免許更新までの期間は、他の年代と同じ3年間のままではある。ちなみに、内閣府の調査によると、平成28年度は75歳以上の運転免許保持者は75歳以上の人口の3分の1の約513万人を数える。  近年、社会問題化していることから自主的に免許返納する高齢者も増えてきたとはいう。しかし、その多くはきちんと自分で物事を判断できる人だ。認知機能の低下その他で適切な判断ができない人ほど、人の意見に耳を傾けず、危ない状況でも運転をやめない傾向もあると思う。  現在83歳のうちの父もその一人だった。運転が大好きで81歳当時も一日に4、5回、車で近所に出かけていた。車に傷がふえたのと、認知症を疑った私が17年初めに病院での検査と免許返納を提案したものの、聞く耳なし。本人は長年無事故無違反だったことと、元教師でプライドが高い性格だったので「失礼だ」と激怒し、病院にもいかず運転を続け、修羅場の1年が幕をあけた。 家の「中と外」の障壁  高齢者の運転をとめるための障壁は、大きくわけると家庭の内と外にあると感じた。  まず家庭内の問題の一つは、前述のように本人が納得しないこと。うちのように家族から見て認知症の疑いがあっても、診断される恐怖からか病院もがんとしていかない場合、家族内の関係が異様に悪化することもあるだろう。うちの父が病院に行ったのは、認知症の疑いを感じ、私が説得その他を始めて7ヵ月後だった。ここで認知症と診断されても父は運転を続け、やめたほうがいいのではと説得を続ける私に殴りかかるようになった(あとでわかったが、父は認知症の中でも易怒の症状が出やすいピック病だった)。  もう一つの家族の問題は、家族みなが同じ意見だとは限らないということ。我が家の場合は、私が父の運転をやめさせようとやっきになることに、別のところに住む家族は反対だった。私が止めることを頼んだ後、「言ったけど聞かない」と軽く言われ、もっと言ってくれとお願いすると「お父さんはまだ大丈夫なのに大袈裟な」「生きがいを奪うことになる」、さらには運動神経に自信がなく、免許を一度もとっていない私に「あなたは免許がなく、運転のことがわからないんだから、人に運転をやめろと言ってはいけない」とも言われた。私は父をいじめる悪者のようで、孤立していった。  父の車に傷が増え、認知症と診断されてもなお「生きがいを奪う」と言われるとは。事故をおこし、いろんな人の命が危険にさらされることになったら、「生きがい」どころではない。  実は前回の記事の掲載後、「認知症の人が運転してはいけないと書くことは、差別になるからやめたほうがいい」と抗議されたこともある。「運転をやめさせる」という言葉遣いも問題なのだそうだが、認知症の父本人がやめずに危ないのだから、私の立場としては「やめさせる」としか言えないし、そういう余裕のある話ではないので、今回もあえて使っている。 次ページは:医師たちが口にした「やめさせる権限はない」 81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情 4/27(土) 13:00配信 医師たちが口にした「やめさせる権限はない」  次に家庭の外について考えてみよう。時には家族よりも影響力の強い医師や介護関係者が「自分たちには運転を強制的にやめさせる権限を持たない」という意識が強いことが、家庭外の大きな壁の一つだと私は感じた。  私は、父が認知症と診断されれば、運転をやめさせられると思い、病院にいくことを心の支えにしていた。しかし、診断時の医師の反応は鈍かった。「私に権限はありませんが、運転はおやめになったほうが……」という優しい説得には、父はまったく応じない。通院のたびに医師に言ってもらうようにお願いしても、診察の最後に「運転をやめることも考えましょう」という程度で、認知症の父の自主性が重んじられていた(実は医師には認知症患者に運転を止める大事な役割があったのだが、それは後述する)。  この姿勢は、医師だけではない。認知症の診断で申請した介護保険の面接のために、うちに訪れたお役所関連やケアマネの方々も同じだった。また、運転免許センターが相談にのってくれると聞き、その適性相談室に電話したものの、当時は「本人がセンターに来なければどうにもならない」と言われもした。いっそのこと気絶させて運ぼうか。そんなことまで考えた。この時点で免許更新まであと2年。説得に応じない父は毎日何度も車で出かけており、私は精神的に追い込まれていったのである。 法に定められた「運転免許取り消し」方法  果たして、認知症患者の運転を本人の意思に反してもとめるすべはないのか?   実はあった。最初に診断した医師や私の周囲の介護関係者の方々はご存知なかったのだが、法律に定められた「表技」を、ここで簡単に紹介しよう。  それは道路交通法第百三条(免許の取り消し・停止等)に記されている。認知症だけでなく他の精神疾患、アルコール・麻薬の中毒者など様々な「運転に適さない病気や症状」の人にも適用される。  もし認知症と診断された場合、公安委員会のフォーマットの申請書に医師が診断を記入し提出する。用紙は家族が運転免許センターにとりにいっても、医師が専用のものをダウンロードしてもいい。ポイントは認知機能の衰えや認知症の疑いでなく、「認知症」ときちんと診断されていることだ。ほかの精神疾患などもしかり。  その申請が公安委員会審議され、法令に即した状況と判断されれば、通常1ヵ月以後に行政処分の免許取り消しに向けた「聴聞会」の通知が本人に来る。本人はかなり驚くだろうが、聴聞会への出席を拒否すると自動的に取り消し。出席しても新しい証拠、つまり「認知症ではない」という新しい診断書などを聴示できなければ、免許は取り消しになる可能性が高い。  あまり知られていない理由は、本人の意思以外のところで動くために、人権の観点や、ほかの精神疾患も関るゆえにナーバスな扱いになるからだろう。また、本人の意思とは関係なく物事が進むことと、申し立てた家族や医師の名前もわかるので、トラブルにつながりやすいことも一因かもしれない。  大切なことは、認知症と判明したら、「公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は6ヵ月を超えない範囲内で期間を定めて免許の効力を停止することができる」と法で決まっていること。そして認知症を診断した医師が患者に免許があると知った時は、「診察結果を公安委員会に届けることができる」ともあることだ。(道交法 百一条の六(医師の届出))。  私はその法令を知った時、小躍りしたが、家族からは再び「お父さんの意思を無視して、そんな無理なことをするのは絶対反対」という意見だった。確かに、その意見もわかる。  そうする中、父はスーパーの駐車場で、とまっていた人の車をこする事故を起こした。しかし怪我人も出ず、ただこすっただけの事故では認知機能検査はされなかった。事故のあとも運転を続ける父に、ようやくほかの家族も参戦してくれたが、私は強制的措置に入るしかないと覚悟を決めた。そんな折、思わぬ形で決着はついたのだ。  父が認知症の中でもピック病ではないかと疑いが出て、新たに見てもらうことになった認知症専門医が「こすったら、やめどきですよ」とさらっと言った。その言葉に、抵抗にも疲れていたのか、父は「やめます」とさらっと宣言したのである。そして1年の長い戦いを経て、2017年末にようやく車を処分することができた。 次ページは:運転をやめてもらうための方法は 81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情 4/27(土) 13:00配信 運転をやめてもらうための方法は  この経験から考えたことは多い。  まず高齢者の免許更新までの期間が3年というのは長すぎると思う。うちの父が認知症と診断されても運転をやめずに困っていた時、更新まで2年あるとわかり、絶望的な気持ちになった。認知症は時に恐ろしい勢いで進む。たとえば75歳以上は1年ごとに更新し、毎年認知機能の検査をしてはどうだろう。そして事故をおこした時に認知機能検査があるが、父の時のように軽度の事故だとしても、適用して徹底してはどうか。この段階で手を打てば、大きな悲劇がおこる前に防止できる可能性が高くなるはずだ。  次に、前述した道路交通法103条による、行政処分による免許取り消しの存在と至る方法を、広く周知させてほしい、最初に診断を受けた医師も、上司の医師もその方法は知らなかったが、それを知っている医師が増えれば、私のように無駄に困る人が減り、事故も未然に防げるケースがあるだろう。ちなみに私はもちろん、友人知人ケアマネやお役所関連の方々、私の近くにいた人に、当時この方法を知る人はいなかった。  もちろん、家庭内でも意識を徹底することは何より大切だ。私自身が孤立した経験からも、認知症はもちろん、家族や親せきに運転に少しでも問題がありそうな人がいるなら、やめる進言をする勇気をもって欲しい。そしてそういう認識のある本人も、早めにやめる決断をしてほしい。「まだ大丈夫」と思っていても、事故は一瞬で人の命を奪い、何をしても戻らないのだ。  会見で語られた言葉にある通り、「運転をやめる選択肢」が必要なのは、高齢者に限った話ではない。あおり運転のようにカッとなってしまうような運転に適さない人、そして精神的、肉体的に病を抱え運転に不安を感じる人は、やめることを真剣に考える必要がある。  自動車の免許とは、高齢者の認知機能の検査以外も、テクニック、身体的、性格的な検査などさまざまチェックが必要な高等技術なのではないだろうか。今後はある年齢や状態になったら誰もが自然に運転を卒業する。そんなシステム作りを望みたい。それがこの悲劇を繰り返さないための大切な道だろう。  「自分はまだ大丈夫」「親はまだ大丈夫」と思った時に、ふとたちどまって想像力をはたらかせてほしい。もしも事故をおこし、他人をまきこんだら、いったいどうなるのか? 父の運転をやめさせる途上、および腰の家族や医師に何度も思った。「もし事故が起こったら、どうなるかわかってるの?」と。  池袋の事故のご遺族が最愛の妻と娘の画像を公開された意味。実際このような悲しいことが起こりうるのだという心からのメッセージを、決して忘れてはならない。 田中 亜紀子 最終更新:4/27(土) 17:25 現代ビジネス
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