CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
RECENT COMMENTS
PROFILE
MOBILE
qrcode
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
RECOMMEND
OTHERS

小論文なんでも相談室

<< <麗しの島から>日本人よ、私たちを忘れないで・・・台湾の人たちはこんな目にあっているのに、私たちには親切です!! | main | トランプ氏のメディア攻撃、全米100紙以上が社説で非難へ・・・この人は「人気取り」だけか?政治をなめてないか? >>
マージド・ナワズ: 原理主義に立ち向かうグローバル文化・・・民主主義が一つの社会選択の一つになってしまったとの指摘は鋭い!!
0
    マージド・ナワズ: 原理主義に立ち向かうグローバル文化 8/6(月) 12:07配信 Maajid Nawaz 翻訳 ムスリムが大半を占めるイスラム教国で 過去10年間 イスラム原理主義が 勢いを増している理由を 考えたことがありますか? その状況を変えるための方法を 考えたことがありますか? アラブ諸国の民衆デモを見て 「どうすればデモを予想できたか?」 「どうすればデモに備えることができたか?」と思いましたか? 本日ここでお話しをすることになった 私の個人的な話や今に至る軌跡は 少なくとも過去数十年 またそれ以前から イスラム教国で起きてきたこと そのものを表しています その話だけでなく イスラム教国での変化と 変化を生み出す社会運動の役割について 私の考えをお話しします まず初めに 非常に簡潔に 今までの歴史について お話しさせてください 中世の社会では忠誠を尽くす対象は決まっており 個人の帰属意識の決め手となったのは 主に宗教でしたが 19世紀に入り 欧州国民国家(nation-state)が隆盛した時代に 帰属意識と忠誠心の決め手となったのは 民族性(ethnicity)でした 帰属意識は主に民族性によって決められ 国民国家もそれを反映するようになりました グローバリゼーションの時代になり さらに変化しました 市民性の時代と呼びましょう それは 人々が多人種・多民族であっても 1つの国家において 平等な市民とみなされる時代です アメリカ系イタリア人・アメリカ系アイルランド人 イギリス系パキスタン人にもなりえます 現在我々は新しい時代に 突入していると思います それは 最近ニューヨークタイムズが名付けた 「行動の時代」です 「行動の時代」とは 国家を超えた忠誠心の時代であり 帰属意識が考えと語り(narrative)によって 決められる時代です 国境を越えて人々に波及する考えと語りは 以前に増して 人々の行動に 影響を与え始めています これは必ずしも良い事とは限りません なぜなら愛だけでなく 憎しみもグローバルに波及すると 私は考えるからです 実際に つい最近 半年前まで 行動の時代の潮流に 乗っていた人々 つまり デジタル技術を使った社会運動や 国境を越えた技術を利用して 行動の時代と 国家を超えた忠誠心を 徹底的に活用し 恩恵を得た人々というのは 過激派の人々でした その点について 詳しくお話しします イスラム原理主義者や 極右のファシスト主義者を 見ると 彼らが得意であり 長けている点は 国境を越えて連絡をとり 技術を使って 組織化し 声明を広め 真に世界的な現象を生み出すことです 今それが分かるのは 今までの人生における13年間 イスラム原理主義の組織に関わっていたからです 国境を越えて考えを広めるにあたって 私は重要な力を担っていました イスラム教の信仰とは異なる  イスラム原理主義の隆盛と それが世界中の同宗教の仲間たちに 影響を与えていく様を 目にしてきました 私の個人的な話は これからお話しするテーマである 行動の時代を正に裏付けるものです ところで私はエセックスの者です イギリスのエセックスで生まれ育ちました イギリスの方なら エセックス出身者の 評判をご存知かと思います エセックスで生まれましたが 私は16歳の時に ある組織に入りました そして17歳の時 ケンブリッジ大学の 学生をその組織に勧誘していました 19歳になると イギリス国内のこの組織のリーダーになりました 21歳で パキスタンでこの組織を共同設立しました 22歳には デンマークで この組織を共同設立しました そして24歳で エジプトの刑務所に収監されました 政府を転覆しようとしたという理由で 3つの国でブラックリストに載り 刑務所で拷問を受け 政治犯として 5年間の禁錮刑に処せられました そうした一連の経験を可能にし エセックスを離れて 世界に渡っていけたのはなぜでしょう ところで 私たちは 民主主義活動家をバカにしていました 彼らは過去の時代のもので 時代遅れだと感じていました 私は過激派組織の中で Eメールの使い方を習得しました 国境を越えて ばれないようにうまく 連絡を取り合う方法を習得しました 結局エジプトで見つかってしまいましたが しかし技術を活用する方法を 習得できた理由は 過激派の組織にいたことによって 国家の枠を超えて考える必要に 迫られていたからです 行動の時代 つまり考えと語りが 行動と帰属意識と忠誠心を より規定するようになっていました お話ししたように 私たちは現状維持を ばかにしました それは イスラム原理主義者に限りません 昨今のヨーロッパを包む 雰囲気を見ると 極右ファシズムも 同様に隆盛しています 反イスラムの発言も 増えていますし それは 国家を超えて見られる現象です この影響によって ヨーロッパ中の政治状況も 変化しています 今 起きていることは 以前は地域ごとに限定され 分け隔てられていた 考えや個人 原理主義者の団体が 国家を超えて相互に結びつき 主流になってきているということです インターネットと通信技術が 世界中のこれらの人々を結びつけているからです 昨今の欧州での極右ファシズムの隆盛を見ると 国内政治に影響を与えつつ 同時に国家を超えた現象として 起きている現象があることに気付くでしょう こうして話している間にも モスクの尖塔や 頭に被るスカーフ コーシャーやハラールの肉が 禁じられつつある国があります 逆に 国家を超えて活動する イスラム原理主義者も 自分たちの社会で 同様のことを行っています つまり 地域に根差した集まりが連携することで 主流であるかのように感じることができるのです それは以前は不可能なことでした こうした連携や より大きな現象の 一部であると実感することを 可能にする技術が現れなければ 彼らは孤立感を抱いたでしょう 民主主義を熱望する者は どこに置いていかれたのでしょうか? 彼らはかなり後ろに取り残されたと思います 1つの例をお話ししましょう クリスマスの日の爆破計画を覚えていますか? アンワル・アウラキという名の男がいました 彼はアメリカ市民ですが  民族的には イエメン人で 今はイエメンに潜伏しています 彼はナイジェリアの 国立銀行の会長の息子に影響を与えました このナイジェリア人の学生はロンドンで学び イエメンで訓練を受け アムステルダムで飛行機に乗って アメリカを攻撃しようとしました しばらくして 古い考え方をもっていた ナイジェリアの銀行の会長の彼の父親は CIAに 自分の息子がテロを計画していると 警告しましたが この警告は聞き流されてしまいました 国家という観点において 古い考え方を持っていた父親は 行動の時代をまだ十分に理解しておらず 国家を超えた社会運動の力を認識していなかったため 取り残されていました そしてクリスマスの爆破計画の犯人は あと少しでアメリカの攻撃に成功するところでした 極右の例をとってみても 皮肉なことに 排外主義の国家主義者は  グローバリゼーションの 恩恵を利用しているのです なぜ彼らは成功し 民主主義を 熱望する者が取り残されるのでしょうか? それを知るには社会運動の影響力を 理解する必要があります 私の考えでは 社会運動は 4つの主な特徴で構成されています その特徴とは 考えと語り そして 象徴と指導者です 1つの例を挙げましょう みなさんがご存知の アルカーイダの例です アルカーイダの考えは何かと言えば すぐに思い浮かぶでしょう 彼らの語りが何かと言えば それはイスラムと西欧の戦争と 西欧からイスラムを守ることの 必要性ですが これらもすぐに思い浮かぶでしょう ちなみに考えと語りの違いですが 考えはその人が信じる理念であり 語りはその理念を広めるための手段 つまり理念のプロパガンダであるということです なのでアルカーイダの考えと語りは すぐ思い浮かびます 彼らの象徴と指導者といえば それらもすぐに思い浮かぶでしょう 指導者の一人は最近パキスタンで殺されました このように象徴と指導者も すぐに思い浮かびます これが社会運動の影響力なのです 国家を超え 考え・語り・象徴・指導者の下で 人々は強く結束します しかし 現在のパキスタンに焦点を当て 今日のパキスタンの 民主主義の象徴と指導者を 思い浮かべて欲しいと言えば もしかしたら ベーナズィール・ブットーの暗殺以外に 考えが及ばないかもしれません つまり 際立ったリーダーは もはや存在していないのです 私たちが直面している問題の1つは 若者が主体で 草の根の 民主的な文化を求める グローバルな 社会運動が イスラム教社会に存在しないことです テロリズムのないアルカーイダ つまり イスラム教社会で 民主主義を訴える組織がないのです 現場で民主的な文化を求めるような 考えや語り 指導者と象徴がありません こんな疑問が沸いてきます なぜ原理主義の組織 つまり 極右や 1つのイスラムの解釈を 社会全体に強要するような イスラム原理主義の組織が グローバルな組織化に 成功する一方で 民主的な文化を熱望する人々が 取り残されるのでしょうか? それには4つ理由があると考えます 第一の理由が 現状への満足感です 民主的な文化を望む人々は 既に権力を持っているか グローバル化された 強力な社会や 強力な国を築いています 現状に満足しているため 民主的な文化を訴える必要性を感じないのです 2つ目の理由は 政治的正当性です つまり 民主的な文化の普遍性を主張する時 ためらいを感じます なぜなら 自分たちの 価値観の普遍性を信じることは 原理主義を想起させるからです 一方で 人権について語る時は常に 人権は普遍的な価値だと言います しかしその考えを普及しようとすると 新保守主義 または イスラム原理主義を想起させます 民主的な文化は私たちが到達した 最良の政治的な体系だと 周囲に言うことは 原理主義を想起させるのです 3つ目の理由は 民主主義は イスラム教社会において 政治的な選択の1つに過ぎなくなったということです こうした社会では ある政治党派は有権者に 民主的な党に 票を入れてほしいと頼み 一方で 他の党は軍事政権の独裁を望み 軍事的な党に票を入れてほしいと 人々に頼みます すると また他の政党が「我々に一票を 我々は神権政治を実現します」と言います つまりこうした社会では 民主主義は 数ある政治形態の中の 1つの選択に過ぎなくなりました こうした選挙の結果 民主的な政党が選ばれても やむなく 失敗したり 政治的な失敗を犯せば その失敗の責任は 民主主義が負わされるのです そして人々は言います「民主主義を試したが うまくいかなかった 以前の軍事政権に戻ろう」と そして4つ目の理由として 私がこのスライドで名付けたのが 抵抗のイデオロギーです 私がここで言いたいことは 現在の世界の大国が共産主義ならば 民主化運動の活動家は自分たちの運動を 植民地主義に対する抵抗と位置づけることが 今よりもずっと容易になるということです 現在の世界の大国 アメリカは 特定の土地を支配しながら 同時に 民主主義の理想を主張しているからです 以上 簡単に述べた4つの理由によって 民主的な文化が単に政治的な選択としてだけでなく 社会の選択として 普及することが難しくなっています こうした理由についてよく言われる 次のような先入観について検討しましょう これは不満の結果でしょうか? 単に教育の欠如の問題でしょうか? 統計的に見ると 原理主義団体に参加する者の多くは 高等教育を受けています 統計的には 彼らの教育レベルは 西欧社会の平均の教育レベルよりも 高いのです 付け加えると 貧困を唯一の原因とすれば ビンラディンは サウジアラビアの最も裕福な一族出身です 彼の代理人アイマン・アル・ザワヒリは小児科医であり 高い教育を受けています 国際援助や開発が何年も続きながら そうした社会の多くで 原理主義の勢いは増してきました 私が欠けていると考えることは 真に草の根で 市民が 現場で起こす活動です 国際援助や 教育・衛生管理を 除外するのではなく それらに加えて 草の根で民主化を訴える必要があります この点において 新保守主義は混乱していたと考えます 新保守主義の方針では 民主的な価値観の供給を通して トップダウンで価値観を強います 一方 イスラム原理主義と極右団体は何十年間も 草の根で彼らのイデオロギーへの要求を高めてきました 草の根で彼らの価値観への 要求を高め そうした社会がゆるやかに イスラム原理主義を要求する社会に移行していく様を 私たちは目にしてきました アラブのデモの後で起きた パキスタンでの大衆の運動は 民主化ではなく 主に神権政治を求める 組織によって起こりました なぜなら 政治的対立の前から その組織のイデオロギーへの要求を 草の根で築いていたからです 必要とされているのは 国家を超えて 民主的な文化を要求する 若者主導の活動です これは単に選挙を行うこと以上を 意味します 言論の自由がなければ 自由で公平な選挙を行えません 人権がなければ 選挙活動の際に守られません 信条の自由がなければ 組織に参加する権利はありません ですので必要とされているのは 現場で民主的な文化を要求し そうした文化への要求を 高めていく組織です これによって 私が先ほど話した問題 つまり 民主主義を 軍による統治や 神権政治と並べて 単なる政治的な選択と している現状を 回避できます 政党のレベルではなく 政治を超えて 草の根の市民のレベルで こうした要求を高めていき 政治政党による運動ではなく 民主的な文化への 市民の要求を築いていくのです 最終的な理想は このスライドで ご覧頂いているものですが 民主主義一般を求めるための投票ではなく 既存の民主主義への投票です 民主主義が社会の仕組みを築き 政治的な選択がその仕組みの中にあり 神権政治でも軍事独裁政権でもなく 民主主義は投票する際の 単なる1つの選択肢ではなく 既存の民主主義の下で 投票できるような そんな段階に到達するには 社会の現場において 人々の要求を高めることが必要です 最後に こうした動きは どのように起こりうるでしょうか? エジプトは良いスタート地点にあります アラブのデモは既に現場の要求が 始まっていることを示しました アラブのデモやエジプトで起きたことは 特に私にとって清々しさを感じるものでした そこでは 指導者を解任するという 政治的な目的のために 政治的な連携が組まれました 私たちはもう一歩進む必要があります 私たちは政治的な連携という 段階から一歩進み ゆるい政治的な連携の下で 民主的な文化への理想を持ち その理想を語るために 市民が現場で 連携していく必要があります なぜなら指導者や支配者 独裁者を 解任するだけでは不十分だからです 彼らが解任されても 民主的な価値観による社会の構築は保証されません 今まで エジプトで始まった動向は 歴史的に中東・北アフリカ地域 つまり MENA地域に波及してきました アラブの社会主義がエジプトで始まった時も 80・90年代に イスラム原理主義が エジプトで始まった時も MENA地域全体に広がりました 今 私たちには大きな希望があります アラブの若者はテロ以外の目的のためにも 命を懸ける覚悟があることを示し 瞬時に自分たちのイメージを変えながら 民主的な文化がその地域で始まり 周辺諸国にも広がる可能性が あるという希望です それは同時に 周辺諸国の社会においても 単なる政治的な連携ではなく 民主的な文化を求める草の根の 社会運動を高めていく必要があります パキスタンではクーディという運動が 始まりました 若者が自主的に 民主的な文化のために 活動することを後押しする運動です こうした動きを紹介して 終わりたいと思います ありがとうございました (拍手) 民主化を求める活動がなかなか成功しない一方で、なぜ国家を超えた原理主義の組織が成功を収めるのでしょうか? かつてイスラム原理主義者であったマージド・ナワズ氏はナショナリズムや排外主義に立ち向かい、民主主義を広めるための新たな草の根の運動とグローバルな社会運動が必要だと主張します。TEDグローバル2011の力強いスピーチです。 ( translated by Yuki Sato , reviewed by Masaki Yanagishita ) 動画撮影日:2011/7/12(火) 0:00 TED
    | - | 18:06 | comments(0) | - |