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【平成家族】子どものために仕事やめられますか? 学校に行けなくなった娘、父の決断「お金がなくなったら働けばいい」・・・もはや他人ごとではない!
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    【平成家族】子どものために仕事やめられますか? 学校に行けなくなった娘、父の決断「お金がなくなったら働けばいい」 12/27(木) 14:00配信 「子どもを見守るために、仕事をやめた方がいいだろうか」と悩む保護者は少なくありません(写真はイメージです)  子どもが不登校になった時、共働きの家庭でも「子どもを見守るために、仕事をやめた方がいいだろうか」と悩む保護者は少なくありません。この悩みは、一人親家庭の場合、さらに難しい問題となります。生活していくためには、仕事をしなければならない。でも子どものことが心配で、できる限りそばにいて、関われるようにしたい――。実際に、子どもの不登校がきっかけでこの悩みに直面した経験がある男性に、話を聞きました。(円山史) 【マンガ】厳しい親に育てられ、結婚も子育ても失敗……「夜廻り猫」が描く家族 泣く長女を集団登校の列に連れて行ったこともありました(写真はイメージです) 「もう学校には行かない」落胆した娘  東京都板橋区の福祉施設職員、恩田茂夫さん(54)は、長女(19)が幼い頃から、2人で生活してきました。長女は「素直すぎるぐらいの子どもだった」といいます。小学校入学前、学校で困ったことがあっても、先生に相談すれば必ず助けてくれると思っていたようでした。  ところが、小学校入学後、同級生の男子から暴力を振るわれたり、ひどい暴言を言われたりするようになりました。最初は恩田さんも、玄関で泣く長女を立たせ、集団登校の列に連れて行きました。学校にも再三対応を求めましたが、長女に寄り添ってはくれません。長女はなんとか、学校へ通い続けました。  「もう学校には行かない」  長女がきっぱりとそう言ったのは、小3の運動会が終わった9月下旬のことでした。長女への暴言や暴力は断続的に続いていたようです。恩田さんは、「娘は、先生は誰も味方になってくれず、学校にはもう、自分を守ってくれる人は誰もいない、とわかって落胆したのではないか」と言います。  恩田さんは当時、訪問介護の仕事をしていました。長女が学校に行かなくなってからしばらくは、仕事の合間を縫って自宅に戻って娘の様子を見た後、介護の訪問先に向かう日々でした。 悩んだとき、娘が幼稚園児だった頃のことを思い出しました(写真はイメージです) 腹をくくった父親  そんな日々は、1カ月半ほど続きました。学校に行かなくなってからも、長女は自宅で時々泣いており、ふさぎ込んでいました。「この先どうしようか」と悩んだ時、恩田さんはふと思い出した場面がありました。  長女が幼稚園児だった頃のことです。恩田さんが園へ迎えに行った時、娘の同級生と撃ち合いごっこをして遊ぶことになりました。「バキュンバキュン」と拳銃を撃つまねをする男児を見て、長女が恩田さんの前に立ち、「やめて! お父さんにそんなことしないで!」と言ったのです。  学校に行かなくなってすぐ、「転校してみる?」と尋ねたこともありました。でも長女は「私は悪いことを何もしていないのだから、転校はしない」と言いました。「それはそうだ」と、恩田さんは納得したそうです。  恩田さんは考えました。「腹をくくるしかない。今大事なのはどちらなのか」と。「すでにエマージェンシー(緊急事態)なのに、その上『大好きなお父さんが自分のことを見てくれない』と思ってしまったら、娘の一番いい部分、素直で優しい心が失われてしまう」。仕事を辞めて、そばにいることを決めました。  食べていけるのか、という心配もあります。でも「今何かあったら後悔してもしきれない」という一心で、貯金を取り崩しながら生活を始めました。「彼女をひとりぼっちにしておく方が不安だった。お金がなくなったらまた働けばいい、という気持ちでした」 次ページは:バイトをしながら生計維持 【平成家族】子どものために仕事やめられますか? 学校に行けなくなった娘、父の決断「お金がなくなったら働けばいい」 12/27(木) 14:00配信 恩田さんが長女との自転車旅行のたびに手作りしている冊子=恩田さん提供 バイトをしながら生計維持  大学卒業後、定時制高校で教員をしていた経験もある恩田さんは自宅で全教科を教えることにしました。いわゆる「ホームスクーリング」です。朝は8時過ぎに1時間目を始め、教科書を読み、ドリルを解きます。体育は公園で体を動かし、図工は公民館で開かれるワークショップに参加。音楽では、演奏会の鑑賞にも行きました。「無料のものを探しては出かけました」と笑います。体力をつけようと、夏休みには、全国の各地を自転車でめぐる2人旅を始めました。この旅は、今も毎夏、続けています。  「ホームスクーリング」を始めて2年ほど経った頃、長女は中学受験に挑戦することを決めます。受験勉強も2人で自宅で取り組み、長女は私立の中高一貫校に入学しました。  でも、恩田さんは「もしまた何かあったら」という思いもあり、なかなかフルタイムの仕事に戻ることはできませんでした。実際、中学生になってすぐ、長女が泣きながら「お父さん、私またダメかも知れない」と話すこともありました。辛かった思い出や、学校への複雑な感情が消えるわけではないからです。  この間、恩田さんは短期や日雇いのアルバイトをしながら生計をたてました。恩田さんがフルタイムの仕事に戻ったのは、長女が高校に進学した時。不登校になって6年ほどたってからのことです。  長女は今、都内の私立大に通い、心理学を学んでいます。アルバイトや勉強に忙しく、親子の会話も以前よりは減りました。「ちょっとさみしくなりました」。恩田さんはそう言って笑います。 一人親家庭の重圧  フリースクールを運営するNPO法人東京シューレの奥地圭子理事長は、これまで多くの保護者と接してきました。「特に一人親家庭の保護者が、学校とうまく関係を作ることは簡単ではない」と言います。例えば、学校行事で使う持ち物一つとっても、学校から家庭に求められることが多いからです。また、一人親家庭の保護者の中には「自分が立派な人間に育てあげるんだ」という重圧を抱え、「いい学校に行かせなければ」「卒業させなければ」と力が入りすぎる人も少なくないそうです。  東京シューレが開いている「親の会」でも、保護者から「仕事を辞めた方がよいか」という相談が寄せられます。奥地さんは「ある程度の年齢になれば、親がずっとそばにいなければならない、というわけではない」と言います。親のいない時間も、子どもは自分を見つめ、自身の世界を作っていくそうです。  そして、特に一人親家庭の場合、経済的な問題が生じれば、社会で支えていくべきだといいます。「少しずつ、多様な学びのあり方を認める社会になってきている。こうでなければならない、ということはない。親自身も1人で抱え込まず、つながりを求めて外へ視野を広げてみてほしい」と話しています。 家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」 連載「平成家族」  この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「教育〜不登校〜」をテーマに、12月22日から28日まで、計6本を公開します。 「学校行けなくてもいい」のその先 親の会で見た、追いつかない現実 • • 平成家族 オンライン交流会で参加者に話しかける加藤さん • ・不登校受け入れる姿勢、広がっているが… • ・オンライン交流会、家庭と社会つなぐ「窓」に • ・これまでの価値観を、どう変えるか  「学校がつらいなら、行かなくてもいい」。昨今、そんなメッセージがメディアやSNSで叫ばれるようになってきました。2017年度、不登校の小中学生は14.4万人で、過去最多。保護者にとっても、学校に行かない子どもを受け入れやすくなりつつありますが、教育の選択肢はまだまだ狭いままです。不登校の保護者が参加する「親の会」から、「学校がすべてじゃない」という思いとシステムのずれが見えてきました。 「いま学校に行くか行かないか、ではない」  「学校は行かないなら行かないで、いいと思うんです」  そう語るのは、東北地方に住む木村ユキさん(39)です。  木村さんの長男は小3の頃、担当教諭の指導がきっかけで、学校に行こうとすると体調を崩すようになりました。話しかけても反応が鈍く、以前の元気がない長男を見て、「休ませないといけないと思った」と振り返ります。  以前から、ホームスクーリングなど海外の多様な教育事例を耳にしていた木村さんは、息子が学校へ行かないことに大きな戸惑いはなかったといいます。  ところが、「『じゃあここからどうする?』って思ったとき、情報がなかったんです」。 「学校を選ばない子どもの教育に関する情報がなかった」と木村さんは語る(写真はイメージ) 出典: PIXTA  「窓口という窓口はとにかくあたってみた」という木村さん。市役所や学校に問い合わせても、学校以外の居場所や教育の情報は得られませんでした。地域の不登校の親の会に足を延ばしてみましたが、そこに集まっていたのは、支援者や元教員。不登校の子どもの保護者はいませんでした。  「地方はまだまだ不登校に否定的。自分の子どもが不登校であることを隠したがるのかもしれない」と木村さんは話します。相談しても、学校への復帰が前提でした。選択肢が広がらず、落胆して帰ったといいます。  「いま学校に行くか行かないかではなく、子どもたちの将来の話をしたかったんです」 不登校受け入れる姿勢、広がっているが…  2017年に教育機会確保法が施行され、児童生徒にとって休養が必要であることや、学校以外の学びの重要性が法律で認められました。少しずつではありますが、家庭や学校でも、不登校の子どもを尊重する姿勢が広がってきています。  それでも、不登校の子どもや保護者の受け皿となる、相談窓口や居場所が十分にあるとは言えません。特に地方となると、選択肢の少なさやコミュニティーの狭さから、フリースクールや親の会へのアクセスはしづらくなります。木村さんのように「不登校のその先」に目を向けたくても、周囲の価値観に合わず、孤立してしまうケースもあります。 興味のある団体は、どれも遠方だったという木村さん(写真はイメージ) 出典: PIXTA  木村さんは、「他の地域には興味のある居場所や団体もあった」といいます。しかし、参加するには生活圏からの移動を考えなくてはなりません。物理的な距離が、選択肢を狭めていました。  そんなときに出会ったのが、「イクミナル」です。 「マイナスを補充」でなはく、不登校を起点に考える  「学校と家庭、地域の資源をつないでコーディネートしてくれる窓口がほしいですよね」  不登校の情報を発信する団体「イクミナル」代表の加藤佳子さん(50)がパソコンの画面に話しかけると、マス目のように画面に映った顔たちがうなずきます。加藤さんがファシリテーターを務めるのは、ZOOM(ズーム)というテレビ会議システムを使った「オンライン交流会」。この日は、不登校の子どもを持つ保護者など約20人が参加しました。 オンライン交流会のファシリテーターを務める加藤さん。交流会にはパソコンから参加できる。  加藤さんは、月に1回程度、イクミナル独自の企画や、NPO法人ファミリー・コミュニケーション・ラボと協業で、交流会を開いています。「インターネット越しに、悩みの渦中にいる方や情報を欲している保護者などが、全国から集まっている」と加藤さんは話します。  加藤さん自身が、子どもの不登校を経験した親です。はじめは学校に復帰することが当然と考えていましたが、共感を得られる相談先がなく、「暗中模索だった」と振り返ります。  しかし、「学校」というひとつしかない大きな枠組みに疑問を持ち始めた頃、ある親の会で、ある母親に出会いました。子どもの不登校を機にオリジナルの生き方を模索し楽しんでいる姿に励まされ、踏み出すきっかけとなりました。「学校」という枠にとらわれず、多様な学びに関するフォーラムに参加したところ、「不登校は日本特有の概念」と聞き、海外に目を向けたことで価値観がぐっと広がりました。  「『マイナスを補充する』という考え方ではなく、ありのままの子どもを受け入れる。それを起点として、学校以外の多様な教育を考え、伝えていきたいと思いました」 オンライン交流会の参加者を待つ加藤さん(画面右上。画像の一部を加工しています)  子どもが不登校になったことがきっかけで、「生きることや学ぶことを考え直すチャンスをもらった」と話す加藤さんも、このように考えられるようになるまでには時間がかかりました。そこで少しでも参考になる情報を届けたいとフェイスブックやブログで発信し続けていると、共感する人が集まってきました。  不登校の子を持つ保護者から聞く経験談は、地域差・学校差はありながらも、相談先がなかった過去の自分の境遇と、あまりにも重なっていたといいます。自身の経験を軸に、地方在住や、子どもが家にいるから外出できない人こそ、情報や別の価値観に触れる機会がほしいというニーズをすくい上げ、オンライン交流会を続けてきました。 オンライン交流会、家庭と社会つなぐ「窓」に  この日のテーマは「地方の不登校事情」。東北から九州まで、それぞれの地域の参加者が、相談できるカウンセラーなどの状況を共有した結果、都市部か地方かにかかわらず、学校だけではサポートが行き届かない現状が見えてきました。  一方、画面越しにある参加者が「家以外に子どもの居場所がない」と話すと、同じ都道府県に住む参加者がフリースクールの情報をチャットに入力。地域で孤立している点と点が、学校を介さずともつながっていくのが見えました。 パソコンの画面には参加者の顔が並ぶ(画像の一部を加工しています)  加藤さんは、別の価値観やリアルな事例など、保護者にとって励みになる情報に早期に触れられるかどうかが、不登校のその先を豊かにしていくと感じています。その情報を得るためには、親の会に行けるか行けないかも大きなポイントになっていました。  「オンライン交流会によって、『その間』の選択肢ができた」と加藤さんは期待します。仲間たちと運営するイクミナルでは、交流会に限らず、リアルな場での勉強会もインターネットから参加できるようにしています。「パソコンの画面が、家庭と社会をつなぐ『窓』になればと願っています」  取材に「地方では自分の思いに共感してくれる人に出会うのは難しい」と話していた木村さん。イクミナルに参加するようになって、「今」を起点とした子どもの将来を考える仲間に出会い、コミュニティーづくりをともにすすめています。  木村さんは会の終わり、参加者に「たとえ距離が遠くても、思いが近ければ集まれる」と呼びかけます。画面に表示された参加者たちの顔が、また大きくうなずきました。 保護者の悩みにも変化が  「時代とともに、保護者の悩み事は変わってきている」と話すのは、フリースクール「東京シューレ」(東京都北区)の奥地圭子理事長です。  東京シューレ王子では、「登校拒否を考える会」として、不登校の子どもを持つ親の会が月に1度開かれています。東京シューレ立ち上げ前の1984年に始まった、35年近く続いている歴史ある親の会です。 東京シューレの奥地圭子理事長 出典: 朝日新聞  「1980年代は、学校側が『とにかく学校に通わせよう』としていて、それに拒否感を持つ子どもとのはざまで困惑している、という相談が多かった」という奥地さん。保護者も根底では「学校に行ってほしい」と思っていたため、困り度もより強かったといいます。  それが、不登校への認識は、徐々に変わってきました。学校や保護者に「学校を休むこともアリかな」というマインドが広がり、「無理な登校をさせてもうまくいかないという実感から、学校の態度もソフト化してきています」。学校や教育委員会の強いプレッシャーに悩む声は減っており、それにともなって家庭内暴力や自傷行為の相談も減ってきているといいます。  「それでも」と続ける奥地さん。「子どもが学校に行かなくなったとき、保護者が持つ罪悪感や自責感というのは、何年経っても変わらないものですね」  悩みがなくなっているわけではなく、「このままで大丈夫なのか」という将来への不安は変わらずあるといいます。不登校への抵抗感が薄れたぶん、「学習への不安」や「ゲームなどの学校以外の過ごし方」といった悩みが目立つようになってきたそうです。 これまでの価値観を、どう変えるか  「教育熱心な両親のもとで育ってきたので、勉強や成績に口出しされるのは当たり前。私も当たり前のように期待に応えようとしていました。『学校に行かない』という選択肢はなかったです。だから、『どうして?』『何がいけなかったの?』と思ってしまいました……」  こう話すのは、東京シューレの親の会に参加しているナオミさん(仮名・30代)です。長男は中学生の頃、学校に行かなくなりました。  学校が合わない子がいる、ということはぼんやりとは知っていました。「でも、まさか自分の子どもが」とナオミさん。なんとか学校に戻したいと思う一方、無理やり子どもを学校に行かせ、ほっとする自分も嫌だったと振り返ります。 学校に無理やり行かせ、ほっとする自分も嫌だったとナオミさんは話す(写真はイメージ) 出典: PIXTA  会に参加するなかで、学校に通わずとも自立している人がたくさんいることを知りました。特に、これまで何組もの親子を見てきた奥地さんの言葉に救われたといいます。他の保護者の話にも、「将来こうなっているのかもしれない」と、先が見えるようで気持ちが楽になりました。  「学校に行かないことが悪なのではなく、学校に行かない子どもたちを追い詰め、傷つけることがよくない結果を生むんです。学校という選択肢しかないだけなのに……」  不登校の子どもたちは学校という枠の外にいるからこそ、「自分は何がしたいのか」に本気で向き合っていると感じるようになったそうです。ありのままの息子を受け入れようと思うとともに、ナオミさんは自分の子ども時代のことを振り返るようになったといいます。  「私は社会や親が敷いたレールの上を走っていただけで、自分で考え、選択することがありませんでした。私ができなかったことを、息子はやろうとしているのだとわかったんです。それは楽な道ではないけれど、私も一緒に育っていかないといけませんね」    近所で、制服を着た子どもを見ると、「うらやましい」と思うこともあります。PTAの知人や親族と接するうちに、長年積み重ねてきた価値観に引っ張られそうにもなります。「でも、親の会に行くと、『これでいいんだ』ってほっとするんです」と、ナオミさんは話します。 親の会から見えた現実との「ずれ」  親の会に集まる保護者の話からは、不登校という選択が以前より受け入れられるようになった一方、自分の子どもが学校に行かない選択をすることで生まれる心配はなくなっていない現実が浮かび上がります。  多様な生き方を認められるようになった世代が親になっているのに、今の社会に新しい価値観の受け皿が用意されていない。不登校をめぐる「ずれ」による悩みは、むしろ深まっているような気もします。  不登校を認められるようになった時代だからこそ、あらためて学校の役割について考えてみる時期に来ているのかもしれません。    ◇ 【記事で紹介した親の会・相談先】 ◆不登校からの歩み出し応援ネットワーク「イクミナル」  不登校を機に「その子らしさ」を大切にした子育てを願う親のコミュニティーを運営。月1回程度、テレビ会議システムを使用したオンライン交流会を開くほか、2019年1月からは専門家を招いて6回にわたり実施した「不登校理解セミナー」の動画受講が可能となる。詳しくは「イクミナル」のサイト(http://ikuminal.com/wptop/)へ。 ◆NPO法人ファミリー・コミュニケーション・ラボ  学校が苦手な子のママのピアサポートグループ。「イクミナル」のスタッフと協業して、オンライン交流会も行う。詳しくはファミリー・コミュニケーション・ラボのサイト(https://fami-lab.com/npo/)へ。 ◆登校拒否を考える会  フリースクール「東京シューレ」で毎月、第3日曜日の13時30分から(8月を除く)。子どもが東京シューレに所属していなくても参加できる。また東京シューレの施設がある葛飾、大田、流山(千葉県)でも開催。詳しくは、東京シューレのサイトにある親の会の案内(https://www.shure.or.jp/parents/)へ。  みんなの「#平成家族」を見る 「学校に行かない選択肢があっていい」 不登校の子と母に訪れた転機 • • 平成家族 • #58 • 平成家族 • 111 • 見る • twitter • 1 • 13558 小倉美樹さん(右)と長男の時駆(はるく)さん=2018年11月、京都府長岡京市、沢木香織撮影 • ・「『学校に行かない』選択肢はなかった」 • ・美術・本・ゲーム…試行錯誤の連続 • ・「学校以外の学べる場所が広がってほしい」  不登校になる子どもは平成に入って増えています。文部科学省の調査では、年間30日間以上学校を休む小中学生は、2017年度に14.4万人。68人に1人の割合です。それでも、「学校に行くのは当たり前」という考えは根強く、時に不登校の子どもや親を悩ませることも。子ども3人が不登校となった女性も、最初は「学校に行った方が良い」と思っていましたが、いまは「行かない選択肢があっても良い」と考えるように。変化の経緯を聞きました。(朝日新聞記者・沢木香織) 「『学校に行かない』選択肢はなかった」  京都市の小倉美樹さん(49)の長男時駆(はるく)さん(17)は、中学1年の時に不登校になりました。  受験して入った私立中学校の勉強のペースについていけず、入学して数カ月たつと、だんだんと休みがちになりました。学校に送り届けた車の中、時駆さんがつらそうな様子で教室に向かう姿を見守る時間が長くなっていきました。  「休めば休むほど勉強についていけなくなっていたので、行った方が良いと思っていました。私にとっては学校に行くことは当たり前で、当時は私の中に『学校に行かない』という選択肢はなかったんです」 学校の勉強のペースについていけず、時駆さんは休みがちになりました(写真はイメージです) 出典: PIXTA 心にしみた「休んだら良いよ」  学校からも「学校に来てほしい」と言われました。しかし、ストレスで持病のアトピーが悪化。文化祭が終わった10月、時駆さんは糸が切れたように学校に行けなくなりました。  「このままで良いのか。学校に行かせた方が良いのか」「不登校の子は将来どうなるのか」  小倉さんはネットや図書館で答えを探しましたが、情報がありすぎて、何が正しいのかわかりませんでした。  「休んだら良いよ」  そんな頃、学校に行かず、子ども自身がルールをつくり、何を学ぶか自発的に決める「デモクラティックスクール」に子どもを通わせている友達に相談すると、こう声をかけてくれました。しんどい思いをした分、体と心を休ませたら良い――。「あせってもしょうがないんやな」。経験者のアドバイスは、小倉さんの心にしみこんでいきました。 「休んだら良いよ」。友達の言葉は、小倉さんの心にしみこんでいきました(写真はイメージです) 出典: PIXTA 美術・本・ゲーム…試行錯誤の連続  時駆さんが1年半ほど自宅で過ごしていた期間は、小倉さんにとっても試行錯誤の連続でした。時駆さんは自信を失い、時折「死にたい」と口にすることがあり、不安に駆られました。  将来何を学びたいかイメージしてもらおうと一緒に大学の文化祭に行ったり、好きな絵を楽しんでもらおうと美術作品を見に行ったり。同じ本を読み、ゲームをする中で、自然に会話する機会を増やしました。関心がありそうなことがあれば教え、動き出すのを待ちました。  自身や夫の親からは「学校に行った方が良い」と言われました。「私も最初は『行って当然』と思っていたので、仕方がないなと思いました。でも、説明してもなかなかわかってもらえないことに、しんどくなることもありました」 小倉さんは、試行錯誤しながら息子と会話をする機会を増やしました(写真はイメージです) たまたま訪れた転機  中2の3月、時駆さんに転機が訪れます。小倉さんがたまたま見つけたフリースクールのイベントを見に行きました。フリースクールに通う生徒と参加者が一緒に議論するワークショップで、学校でつまずいた年上の子どもたちが、生き生きと自分の経験を語る姿を見て「ここなら変われるかも」と時駆さんは思ったと言います。  その頃、小6だった長女(13)と小3だった次女(11)も、日頃学校で感じるストレスが体調に表れ、休みがちになりました。小倉さんは時駆さんの経験があったから「2人にとっても休憩の時期」と思い、無理に学校に行かせることはしませんでした。小学校のカウンセラーも「無理に行かなくても良いよ」と言ってくれ、できるペースで勉強を続けることにしました。  時駆さんはいまフリースクールに通いながら、通信制高校でも学んでいます。フリースクールでは社会問題を議論する「ゼミ」の授業が大好き。プログラミングにも挑戦しています。妹2人も、音楽や英語などそれぞれに関心のあることに取り組んでいます。進学など、次の道をどう選ぶのかも考え始めています。  小倉さんは子どもたちの前向きな変化を両親にできるだけ伝え、少しでも安心してもらうよう心がけています。「どう距離感を取るか簡単に答えは出ないけれど、親世代の価値観は理解できるし、応援してくれていることもわかっているので」 小倉美樹さん(右)と長男の時駆さん=2018年11月、京都府長岡京市、沢木香織撮影 「学校以外の学べる場所が広がってほしい」  同じ経験をした親同士のつながりが、支えになっていると言います。  時駆さんが通っていた中学校の保護者会で「うち、学校に行けてないんですよ」と打ち明けると、ある母親が「実はうちも上の子が不登校だった」と言って経験を語ってくれたことで楽になりました。  時駆さんと同じフリースクールに子どもを通わせる親たちでLINEのグループをつくり、自分が役に立つと感じた情報を共有するようにしています。  「こんなに明るい不登校の子のお母さんがいるのね」  ある時、小倉さんが親の集まりで不登校になった経緯を語っていると、これからどうすれば良いか悩んでいる母親からそう言われました。「不登校に対する世の中の偏見で苦しんでいる親はたくさんいると感じます。親の会に参加しようと思っても難しい人もいる。ネット上のグループなど、心地よい場所を見つけて、お母さん自身が元気になってほしい」  小倉さんはこう言います。  「この子たちは凸凹で、できないこともあるけれど、不安はありません。学校に行けなくなり、立ち止まったことで、何のために勉強が必要で、何のために働くのかを真剣に考えている。学校に行かないといけないという時代は変わる。選ぼうと思ったら選べるような多様な価値観と、学校以外の学べる場所が、もっと広がってほしい」 みんなの「#平成家族」を見る
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